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婚約指輪の起源は古代ローマにあり

2010
22
November

婚約指輪の起源は、紀元前1世紀頃の古代ローマにあると言われています。当時は結婚そのものよりも結婚の約束、すなわち婚約の方が重視されていて、結婚を約束した証として鉄製の輪が贈られていたそうです。この輪が婚約指輪の起源で、やがて鉄から金の輪に変わり、中世の初期には現在の婚約指輪のように宝石が付いた指輪が誕生しています。
アクションスターのジェット・リーが、俳優人生初のノーアクションかつノーギャラで出演したことで話題を集めている映画『海洋天堂』(公開中)。自閉症の息子と余命わずかな父親との静かな交流を描いた感動作だが、実はこの作品、熱心なファンが一年以上も前からブログ上で日本公開を呼びかけ続け、話題になっていたことをご存知だろうか?

【写真】アクションヒーローから離れて、普通の人を演じるジェット・リー

『海洋天堂』が中国で公開されたのは2010年6月のこと。当時、同作の日本公開は未定だったが、同じく2010年6月に開設された「ジェット・リーの『海洋天堂』を日本で観たい!」ブログで、ファンが日本公開に向けた活動を開始したところ、同ブログには多数の応援コメントが寄せられ、さながら署名活動のような盛り上がりを見せることになったというわけだ。

これまで『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(07)、『ファンボーイズ』(08)、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09)など、熱烈なファンの活動をきっかけに日本公開が実現した作品は少なくない。だが、その多くが欧米で制作されたコメディ色の強い作品などで、今回のようなアジア発の人間ドラマの公開を求めるファン活動は目立っていなかった。その点、本作が多くの声を集めたのは、ジェット・リーという大スターの新境地を見たいという映画ファンの思いだけでなく、自閉症の家族を持つ方々からの支持があったからだ。劇中では自閉症の症状が虚飾なく描かれており、自閉症のことを正しく理解してもらいたいと考えている自閉症関係者の応援コメントが寄せられているのが『海洋天堂』ならではの独特な点といえる。

そして何より、映画の内容が素晴らしいということに尽きるだろう。子の幸せを願う親の愛情という普遍的なテーマが優しく、温かく、美しく描かれており、公開を待ち望んでいた人々も必ずや満足できるはずだ。公開前から熱心な支持と期待を集めた注目の本作は、現在2館のみの上映だが、この先30館以上での順次公開が決まっている。ジェット・リーが熱い気持ちで臨んだ『海洋天堂』は、撮影にクリストファー・ドイル、音楽に久石譲、ジェイ・チョウがエンディング曲を提供するなど、美しい映像と音楽が感動を盛り上げている。是非とも本作は劇場で堪能してほしい。【トライワークス】


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「海洋天堂」の作品情報を見る (MovieWalker)


自然には勝てないなぁ。

この雲の動きを、太陽の光を、星の瞬きを見て下さい! 地球は美しいなぁ。同じ現実でもこの世界なら空から女の子が降って来たり、空飛ぶ城を探しに行ったり、「30秒でしたくしな」って海賊に言われたりしてもしっくりくる気がします。Daniel Lopezさんがカナリア諸島で撮影したものです。


そうこ

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「坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」収録中のスタジオに泉谷しげるが乱入し、吉田拓郎と泉谷が12年ぶりに和解。この一部始終が本日7月11日(月)22:00から放送される番組の中でオンエアされる。

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ともに1970年代のフォークブームを支え、最前線を走ってきた吉田拓郎と泉谷しげる。2人は日本初のアーティストによるレコード会社・フォーライフを設立したり、泉谷が立ち上げたチャリティイベントで拓郎が全面協力したりと、先輩&後輩として互いを認め合っていた。しかし彼らは1999年にムッシュかまやつの還暦記念パーティで取っ組み合いの大げんかをし、それ以降の交流は断絶。2009年に拓郎が最後のコンサートツアーを体調不良により中止を発表すると、泉谷はすぐに自身のブログで拓郎への思いを綴ったが、それでも結局2人が顔を合わせることはなかった。

しかし今回、拓郎が番組収録を行っているスタジオに、たまたまニッポン放送に来ていた泉谷が乱入。互いに「元気だったかい?」などと声を掛け合い、泉谷はそのままラジオ収録に参加した。2人は1999年のパーティで起こったケンカの顛末や、1993年に長崎・普賢岳、1995年に阪神大震災のために行われたチャリティイベント「日本を救え」の思い出話などを語り合い、泉谷が「自分が東日本大震災でチャリティイベントをやる上で、リーダーは拓郎さんしかいない」と提案。拓郎もその言葉に真剣に耳を傾けていた。


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