最近、企業や政府官庁に対するサイバー攻撃による、機密文書や重要な個人データ等が流出してしまうという話題が多く見られます。この様な問題の原因として、一概にそのネットワークセキュリティの責任にする事はできないと思います。色々な資料が電子化され便利になりましたが、逆にこれらの問題のような脆さも見えてきました。この際、この様な機密文書をデータから紙に戻す、またはそれに近い新たな記録媒体を開発する等、新たな転換期にさしかかっているのはないでしょうか?
◆交流戦 楽天3─4巨人(17日・Kスタ宮城) 流れをたぐり寄せた。山口は思い切り左腕を振った。7回2死。松井稼への勝負球は、この日最速149キロの直球。「(流れが)こっちに傾きかけていたので、3人で片づけたいと思っていました」。どん詰まりの中飛に仕留めると、足早にベンチへ駆け込んだ。
4月23日に左胸の張りで登録抹消となった。ようやく完治し、この日から1軍に昇格。1点差に迫った直後の7回に、復帰の舞台は訪れた。直球で強気に内角を突き、チェンジアップを沈める。1イニングを12球で簡単に3人斬りし、逆転劇への呼び水とした。「上がって一発目の登板だったのですごく緊張しましたが、抑えられて良かったです」。試合後にようやく、笑顔を見せた。原監督も「彼が中にいてくれるのはチームにとっても大きい」とたたえた。
わずかに抱えていた不安も一掃できた。ファームでの調整中は、規則正しい生活を心がけて、酒も断った。「とにかく1日でも早く治すことしか考えていませんでした。怖さも全くなく、腕が振れました」。“第2の開幕”で、完全復活を告げた風神。これから巻き返す。
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ロンドン五輪を目指すU―22日本代表候補合宿が17日、豊田市内で行われた。初招集のMF平出涼(19)=富山=は、紅白戦でボランチを務め、軽快なパスさばきを見せた。小、中学時代に所属したフォルトゥナSCの皆川新一代表(50)は、元日本代表エース中田英寿氏の甲府北中時代の恩師。幼少より“ヒデイズム”をたたき込まれて成長したMFが、五輪戦線に躍り出た。
ヒデの“弟デシ”が、ロンドン五輪のスタートラインに立った。初実戦となった紅白戦で、平出は中盤の底からシンプルに左右に散らす。安定したプレーを披露した。
小、中学時代に所属したフォルトゥナSCの皆川代表は、中田氏の甲府北中時代の恩師。1998年に「ヒデは育てたというより勝手に育った。ヒデのように海外で活躍する選手を育てたい」とフォルトゥナを設立。平出はその第1期生だ。
練習で使うナイキ社製のボールは中田氏から提供された。自前のグラウンドの建設にも協力があった。今でも親交の深い皆川代表に、中田流をたたき込まれた。「ヒデは練習試合でも内容を求めてストイックにプレーしていた、という話は心に残っている」と平出は振り返る。
今季、F東京から富山へ期限付き移籍。ここでの活躍が認められ、初招集された。だが、ヒデを意識しすぎたのか、髪はキンキンの金髪。ぼさぼさの“ライオン丸”状態を見かねた富山関係者が「頭で代表落とされるぞ」とアドバイス。出発前夜、美容院に予約をねじ込み、色を染め直し、髪を切りそろえた。大先輩が2度出場した五輪への意気込みともいえる。
4月にMF米本(F東京)が今季絶望の負傷を負い、関塚ジャパンのボランチ争いは混沌(こんとん)。お笑いコンビ「麒麟」の田村裕に似た老け顔の19歳は、一晩でヒゲが1センチも伸びるとか。表情の雰囲気の落ち着きぶりが、関塚ジャパンに安定感を与えるかもしれない。山梨が生んだスーパースターの足跡を、何とか追い続ける。
◆中田の五輪メモ 96年のアトランタ五輪と、00年のシドニー五輪に出場。19歳で出場したアトランタでは、「マイアミの奇跡」といわれたブラジル戦の勝利にも貢献したが、チームは1次リーグで敗退。23歳で出場したシドニー五輪では、1次リーグを2位で突破。しかし準々決勝の米国戦、2―2の同点で迎えたPK戦で、4番手のキッカーとして登場するも失敗。そのミスもあり、チームはベスト8で敗退。
◆平出 涼(ひらいで・りょう)1991年7月18日、山梨県生まれ。19歳。フォルトゥナSCからF東京U―18を経て、2010年にF東京入団。ボランチ、センターバック、サイドバックをこなす。元U―18、19日本代表。10年のU―19アジア選手権にも出場した。11年から富山へ期限付き移籍。176センチ、69キロ。血液型B。独身。
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日本サッカー協会は17日、都内のJFAハウスで会見を行い、日本代表の南米選手権(7月・アルゼンチン)辞退が正式決定したと発表した。6月のキリン杯はベストメンバーで臨む意向だが、DF長友佑都(24)=インテル=、MF本田圭佑(24)=CSKAモスクワ=らの帰国は最短で31日となることも確実。初戦のペルー戦(6月1日・東北電ス)出場が難しくなるという、新たな問題に直面した。
ザック・ジャパンが、度重なる誤算に見舞われた。日本協会の小倉純二会長(72)はこの日早朝、南米連盟などに辞退を申し入れるメールを送付し、正式に了承された。アウェーでアルゼンチンと真剣勝負の機会を失い「ふさわしいチームが組めず辞退した。極めて悔しく残念」と話した。違約金に関しては「全くない」と否定した。
日本協会は南米連盟と協力して欧州クラブに所属する15人の招集を目指したが、許可されたのは5人程度。最低目標としていた登録22人の過半数(12人)には遠く及ばなかった。アルベルト・ザッケローニ監督(58)は「我々は前を向いていかなければならない。W杯予選に向けて集中し、全力で準備をしていきたい」とコメントした。
これによってキリン杯はベストメンバーで臨むことになったが、新たな難題も発生した。長友と本田は29日まで試合があり、吉田麻也のVVVも残留プレーオフを勝ち抜けば同日まで試合が続く。レギュラーの3人が帰国するのはペルー戦前日の31日以降。時差もあるだけに、ぶっつけ本番で実力は発揮できない。
南米選手権の代わりに夏に欧州で親善試合を行うプランもあったが、原博実・強化担当技術委員長は「7月に何か(試合)を入れることはない。集まってやることだけが強化とは考えていない」と、欧州組は休息を優先させる方針だ。震災によって3月は2つの親善試合が中止。南米選手権を含めると一気に5試合を失ってしまった。9月から始まるブラジルW杯アジア3次予選まで、残るはわずか3試合。代表の強化プランは大幅な修正を迫られることになった。
◆南米選手権出場問題の経緯 日本は09年、招待国として99年以来2度目の出場が決定。欧州クラブに対しては招集の強制力がないため、7月にJ1のリーグ戦を中断して国内組中心で参戦する予定だった。しかし、震災により延期されたリーグ戦を7月に開催することが決定。欧州組中心で参加する道を模索していた。
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