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「iPhone 4S」の発表と創業者スティーブ・ジョブズの死――先週はアップルが2度に渡って世界のニュースを独占した。私もいろいろなメディアに続けて取材を受けることになった。ジョブズ氏の訃報については、私もさまざまな場で哀悼の意を述べてきた。
【「iPhone 4S」に見るスティーブ・ジョブズのDNA】
ここで改めて、それを深く話題にするつもりはない。ジョブズ氏自身は、常に未来に目を向けている人で、アップルに戻ってくると社内にあったMac博物館も撤廃してしまった。
ビル・ゲイツ氏との対談があった2007年の「All Things Digital」というイベントでは、Beatlesの名曲「Two of Us」を引用して「君と僕には、ここから先に続く道よりも長い思い出がある」と珍しく過去に触れたものの、単独インタビューでは「一緒に未来を作っていこう。過去をくよくよするのではなく」と自身の過去の話をさらっと流した。
そんなジョブズ氏に敬意を払うのであれば、過去の思い出もいいが、アップルが産み落とした最新の製品「iPhone 4S」に目を向けたほうが、いい意味での哀悼の意になるのではないかと思い、この記事を書く。
●iPhone 4Sにガッカリ?
さて、私は今週、いろいろなメディアから取材を受けたと書いたが、「それにしても、今回はiPhone 5でなくて残念でしたね」と言われることが多かった。
果たして本当にそうだろうか。
アップルの国内製品発表会で製品を触ってみた限りでは、iPhone 4Sのカメラはかなり動作がキビキビしており、写真もきれいだった。ビデオの手ブレ補正もなかなかいい感じだ。また、Siriの対話型操作やiCloudでのデータ連携は“未来”を感じさせる。
そして、何よりもほかのスマートフォンとは一線を画すiPhone 4の、あの優美な完成された形がほぼそのままなのは、ある意味、ものすごくスティーブ・ジョブズ的だし、喜ぶべきことのようにも思える。
2011年1月にジョブズ氏がアップルの一線から退いてから登場したiPhone 4Sの開発に、彼がどの程度関与していたのかは分からない。密接に関わっていたとは思わないが、まったく関与していなかったとも思えない。
何よりこの製品を作ってきたチームの人たちも、アップルというジョブズ氏のDNAが強く息づく会社でこの製品を仕上げたわけであり、製品のいたるところに“ジョブズらしさ”をうかがわせる部分はある。iPhone 4とカタチが同じという点も、その1つと言っていいだろう。
この記事の読者には、「iPhoneは使っているけれどMacは使ってない」という人がいるかもしれない。
実は今、世界でも日本でも急速に利用者が増えている「MacBook Air」は、2代に渡ってまったく同じ形だ。新たにThunderboltと言う技術を搭載してはいるが、アップルがこのThunderbolt技術そのものの制定に関わり、同じ形を保つことができた。MacBook Proという製品に関してはさらにすごい。なんと3年の間、3世代に渡って一度も形が変わっていないのだ。
これらのノート型Macは、使いやすさと頑丈さ、低価格と高性能の究極なバランスポイントを追求した結果、1枚のアルミ板をくりぬいて作るのが正しいという結論に達し、実際にそうして作られている。それ以来、MacBook Proは3代にわたって同じカタチを継承しているのだ。
「究極のカタチ」と言うのは、そうポンポンと飛び出してくるものではない。iPhoneにしても、2008年、日本で最初に発売されたiPhone 3Gと、2009年に発売されたiPhone 3GSでは、見た目はそっくりだ。
ある有名な日本の工業デザイナーがこんなことを言っていた。かつて外観のモデルチェンジというのは、そもそも機能上どうしても必要な時にしか行わないものだったという。それがどこかで間違って、新製品であることをアピールするための形状変更(といっても主に外装の)が頻繁に行われるようになってしまった。
ThinkPadシリーズをデザインしたリチャード・サッパー氏も、1つのジャンルの製品は、1度しかデザインしないと聞いたことがある。1つの製品に対しての回答といえるカタチは、究極的には1つしかないという考え方だ。
筆者のモデルチェンジに関する考えも同じで、実は上の2段落は今年3月に書いた「MacBook Pro」の紹介記事「驚くべきは中身か外見か:新型「MacBook Pro」を眺めて思う本当のすごさ」からそのまま引用したものだ。
ようするに、世の中では本来、形を変える必要がないのに、「新しさ」を出すためだけの、本質ではない「子供だまし」のデザインがあふれてしまったということ。この「子供だまし」のデザイン変更は、機能や使い勝手といった、製品の本質とは乖離(かいり)したものだ。そうしたデザインを続けることによって、デザインと製品開発のプロセスそのものにも溝ができてしまったのではないか。最近、多くの企業がデザイン部門をただの装飾部門のように扱っているのも、そうしたところが問題なのではないかと思う。
これに対してスティーブ・ジョブズ氏は、デザインこそが製品開発の要であり、中心であることに真っ先に気づき、そうした“モノ作り”ができる企業体制をしっかりと築いた。
●アップルはデザインの会社
アップルはデザインの会社だ。アップルのほとんどすべての製品の裏側に「Designed by Apple in California.」と書かれていることも、そのことを象徴しているように思う。ただ、誤解して欲しくないのは、デザインが単に色とカタチを決めることではないということだ。
製品の色やカタチといった装飾的外観の絵を描かせて「デザイン」としている人たちも確かにいる。しかし、少なくともアップルにおけるデザインとは「ものごとの本質とは何であるかを見極め、それを無駄なく形にすることだ」と思う。
人々が本当に喜ぶ音楽プレーヤーはどうあるべきか。それを考えるうえで、まず大事なのは製品としての完成されたコンセプトであり、それができて初めて、素材や形、ストレージ容量やFireWire/USBバージョン、そして価格との調整が始まる。
アップルの場合は、この調整の部分でも、使用者の目線、購入者の目線、サポートスタッフの目線、販売者の目線など、多様な目線から検証されている。これは生半可な作業ではない。たまにアップル製品で使用されている部品の価格が調査会社から発表され、これを参照するとかなり低コストで製造されているような印象を受けるが、1つ1つの製品にかけている手間と努力と人件費でいえば、アップルはおそらく“異常な会社”に属するはずだ。
しかし、そこまでしていい製品を作れば、今はきちんと売れる時代だ。だからアップルは、同じ製品を、世界中で、1台でも多く売れるような流通・販売の仕組みをデザインして回収する。これもアップルのデザインの一部だ。
その製品をどんなパッケージに入れ、どのように店頭に飾れば最も魅力的に映るかもデザインされていれば、それをどのように輸送すれば最もコストを削減できるかも、どのような宣伝文句を添えれば世界中で同じイメージを発信できるかもすべてデザインされている。
これまで携帯電話メーカーは、通信キャリアに製品を納品することで利益を出す、逆に言えば人々が電話を買い替え続けてくれないともうからないビジネスだった。しかしアップルは、iPhoneで利用されるアプリケーションの売り上げの3割、書籍の売り上げの3割、音楽や映画の売り上げの一部など、端末が売れた後もアップルにお金が落ち続ける収益モデルをデザインした。
アップルは1つ1つの製品に、ほかの多くの企業をはるかに上回る手間をかけて作っている。だから無駄に製品を増やすこともしないし、意味のない形状変更も減らしている。そのほうが最終的には環境に優しく、サードパーティ企業にも優しいと学んできたからだ。
●妥協しないのがアップルのデザイン
こうした全体的アプローチ、完璧主義のアプローチは、まさに“スティーブ・ジョブズらしい価値観”と言っていいと思う。
以前、ピクサーのジョン・ラセター監督をインタビューした時に、彼がこんな逸話を話してくれた。ジョブズ氏が映画「ファインディング・ニモ」の試写を見に来たとき、海藻の動きが不自然なのに気がつき、それを指摘したという。担当のCGエンジニアが「バレたか」という顔をして「今のコンピュータ技術で海藻の動きを自然にしようとすると、映画の公開が1年遅れるか、それとも巨額の追加制作費がかかってしまう」と答えた。するとジョブズ氏は、「映画は何十年にも渡って見られるものだ。見ている人がピクサーのすばらしい映像と、ストーリーの世界に浸っているところを、ただ海藻のために現実に引き戻して本当に後悔しないのか。お金や公開時期はそれに比べれば重要な問題ではない」といった返事をしたそうだ。
ジョブズ氏は、おそらくアップルでも同じことをやってきたのだと思う。彼には確かに天才と言う一面もあるかもしれないが、何よりも本質的で本当にいいものを作れば、それは人々に分かってもらえると信じて、それを徹底的に貫いている部分が何よりも大きい。
ほとんどの会社は、そこまで信念を貫くことができないので、アップルが大きな努力の果てに“直球ど真ん中”を決めてしまうと、どうにも太刀打ちしにくい。
●一新されているiPhone 4Sのデザイン
さて、ここで本題であるiPhone 4Sのデザインについて改めて見てみたい。iPhone 4Sは、果たして本当にデザインが変わっていないのだろうか?
一般の認識とは違い、iPhone 4Sのデザインは、実は激変している。
これはアンテナ(つまり本体のフレームに入った切り込み)の位置が変わったという話ではない。今回のiPhone 4Sでは、CPUが従来の「A4」から「A5」というデュアルコアプロセッサに切り替わり、処理速度が劇的に速くなった。
さらにカメラは800万画素になって……と実はここばかりが取り上げられるが、ここもアップルらしい一面が感じられる部分だ。ただ画素数を上げただけだと、暗いところの撮影が苦手になってしまう。そこでハード(センサー)、光学系(レンズ)、さらにはノイズ除去などのソフト面のいずれでも工夫をし、暗いところでもしっかり撮れるようにした。
それだけでなく、画素が上がればそれだけ写真の撮影速度も、撮影した写真の表示速度も遅くなるものだが、その分をきちんとA5のパフォーマンスでカバーし、使い勝手がいい状態までブラッシュアップしてから製品化をしている。
もちろん、ユーザーはそんなことを意識する必要はない。ただ「iPhoneならどの世代のどの機種でも、写真をめくったり、拡大/縮小する操作を心地よくできる」ということだけを体験として積み重ねていけばいい。その裏にある面倒な、数えきれないほどの努力は、水面下でバタバタと足を動かしている白鳥のごとく、アップルが解決してくれている。
iPhone 4Sは、そうしたしっかりとした仕事の上に完成したiPhoneであることに変わりはない。それに加えて、電波関係でもソフトバンクが採用するW-CDMA(以下、UMTS)と、KDDIが採用するCDMA 2000(以下、CDMA)という2つの通信方式に同時に対応した最初のiPhoneでもある。
これまで実は日本でも売られていたW-CDMA版のiPhoneに加え、米国でのみVerizonという電話会社に対応したCDMA版iPhoneも存在したが、両者は別のハードウェアになっていた。しかし、2種類のハードを製造し続けるのは無駄が多い。何にでも対応できる1つのハードを用意し、ソフトウェアの変更だけで世界中で販売できるようにするのが、MacにもiPodにも共通するアップルの戦略であり、今回のiPhoneは技術の成熟によってそれを実現した。
つまり、より電波の受信感度がいいアンテナで通信をする機能が内蔵されたといった変更だけでなく、2つの3G規格を1台に内蔵したうえで、これまでと同じ大きさ、そして何よりもあの薄さを保ち、さらに価格も手ごろにしている。
能あるタカはなんとやら。すさまじい努力をして製品の内側に宿るデザインは激変させておきながら、シレっとした顔をして外見はまったく同じままリリースする。このよさに納得できる人にとっては、iPhone 4Sは極めて満足度の高い製品になることだろう。
そう考えると、今回出たのが「iPhone 5ではなく、iPhone 4Sでガッカリしているのは、実は一般の消費者ではなく、マニアックな業界人や、写真で違いが見せにくいメディアの人たちくらいなんじゃないか」とも思えてくる。
その証拠に、外見が変わらず、名前がiPhone 5でなかったとはいえ、米AT&T社ではたったの12時間で20万台の予約が入り、当面の分のiPhone 4Sを完売してしまった。また、日本でもかなりの人々が製品を予約し、行列ができた店も多数ある。実際、アップルの発表によれば、ワールドワイドでiPhone 4Sの予約は受け付け開始から24時間で100万件を突破した。このレコードは、これまでアップルが発売したどの新製品よりも多い数字だ(ちなみにiPhone 4の記録は60万件)。
メディアがどんなにガッカリしてみせても、最終的に製品を買う顧客の間ではiPhoneのマジックは勢いを増すばかりだ。
●タッチ&トライで触ったiPhone 4S
ここまで読んでもらえれば、筆者がiPhone 4とiPhone 4Sのささいな機能の違いや、間違い探しクイズのような外観変更については、どうでもいいと考えていることが分かっていただけると思う。
とはいっても、せっかくいち早くiPhone 4Sを触る機会を得たことでもあるので、そこでの感想を最後に少しだけ紹介することにしよう(ちなみにアップルのタッチ&トライコーナーに置かれていたiPhone 4Sは、いずれもソフトバンクの回線でつながっていた)。
まず1つは、筆者のiPhone 4と比べても、圧倒的にWebページの表示スピードが速かったこと。これがHSDPAの効果なのかどうかは分からないが、WiMAXで接続していた筆者のiPhone 4よりも表示が速かったことを考えると、通信速度よりはCPUの効果なのかもしれない。
もう1つ気になった点は、SMS/MMSのアイコンが新たに「メッセージ」というアイコンになり、これまで「iPod」となっていた音楽プレーヤー機能のアイコンがiPod touchと同様の「ミュージック」と改名されていたこと。
また、「設定」には、新たにiCloudやTwitterといった項目が加わっており、「一般」設定には新たに「Siri」の機能や「iTunes Wi-Fi同期」の機能が加わっていた。設定のオン/オフスイッチなどが、丸みを帯びたものに変わっていたのも印象に残った。なお、Siriを除く機能は、すべてiOS 5の仕様になるはずなので、iPhone 4でもOSのアップデートさえ行えば恩恵を受けられるはずだ。
カメラ機能は、HDRに加えて、グリッド表示のオプションが加わった。また、ビデオ撮影時にはジャイロセンサーを使った手ブレ補正機能が加わっている。この手ブレ補正機能はオン/オフがなく常に有効なようだ。試しに歩きながら撮影させてもらった限りでは、かなり安定している印象を受けた。しかも、動画の解像度も1080pになっている。
タッチ&トライの会場では、iCloudのデモも見ることができた。iPhoneで写真を撮ってしばらくすると、それがMacでも見れるようになり、Apple TVでも見られるようになり、さらにはiPadでも見られるようになる。iPadで書類を編集し、写真の位置などをずらしてしばらくすると、それがほかのiPadでも位置がずれて表示される。この変更が反映されるまでのタイムラグは数十秒という感じだった。数人でゴリゴリ書類を共同編集するという用途には向かないが、1人作業のデータを複数のマシンで使う際には問題ないという印象だ。
同じタッチ&トライの会場では、白いiPod touchやiPod nanoも見ることができた。実はこれらの製品もこれまでにあったiPod nanoやtouchと形状は変わっておらず、アクセサリをそのまま利用できる。ハードウェアは変更せずに、ソフトウェアのアップグレードで新しい機能や楽しさを提供する。まさにこれこそアップルの真骨頂ではないだろうか。
●世界に本質主義を問いかけるアップルの製品
ジョブズ氏は2007年にこんなことをいっていた。「アップルをハードウェアの会社だと思っている人も多いが、実を言うと我々はソフトウェアの会社で、iPodという“ソフトウェア”にきれいな皮をかぶせているだけに過ぎない」と。
かつてアップルも、スティーブ・ジョブズ氏が復帰するまでは道を失い、よい製品を作り出せない状態に陥っていた。しかし、ジョブズが復帰し、製品数をゼロにリセットしてから、1歩ずつ製品作りを積み重ねていくうちに、アップル社員たちもその大切さを学んでいったのだと思う。
何か1つ、新しい製品を出す度に世界を一喜一憂させるアップル。その度にITmediaの人気記事ランキングも乱高下が起きるが、実はそれらの製品の1つ1つが、顧客に、あるいはほかのメーカーにさえも、「本質に目を向けよう」と訴えかけているような気がしてならない。
[林信行,ITmedia]
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